札幌高等裁判所 昭和31年(う)580号 判決
所論は被告人においては、本件家屋を買受人伊藤又助に売却するに当り、右家屋につき抵当権が設定され且つ競売手続開始決定のなされている事実を告げなかつたけれども、右の事実は登記簿上一見明かであり、且つ被告人は右抵当権により担保せられた債務を弁済し且つ右競売手続開始決定の取消を受けた上買受人に対しその所有権移転登記手続をする意思を持つていたものであつて、こと更に右の事実を秘し買受人を欺罔する意思は無かつたものであると主張し、詐欺の犯意を否認し、原判決の事実の誤認を主張する。しかし家屋の売買に当つては抵当権の設定及び競売手続開始決定のあつた場合には、競落によりその所有権が第三者に移転する可能性があるから、たとえ登記があつても、買主がその事実に気付かない場合には売主が買主にその事実を告知することが、信義誠実を旨とすべき取引上の義務であると解すべきところ、原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人が、その所有した原判示の建物については債権者加藤シヅエ等四名のために債権額七二、〇〇〇円の抵当権が設定せられ、かつ同人等の競売申立により、昭和二五年一一月一〇日札幌地方裁判所において競売手続開始決定がなされていたにかかわらず、この事実を全く知らない伊藤又助に対し、ことさらに右の事実を秘し、右抵当権により担保せられた債務を弁済する意思及び能力がないのに、右建物の東側一戸分を代金一四五、〇〇〇円で売却したいと申込み、同人をして右建物には抵当権設定及び競売手続開始決定の事実がないものと誤信させて、原判示の日時に原判示の如く売渡代金内金名義の下に金員を交付させた詐欺の犯意を十分認定することができる。右認定に反する被告人の原審公判廷の供述は、原審証人伊藤又助、沢田清作、田島光雄の各供述と対比して措信し難い。又当審証人小林泰幸の供述及び領置に係る「証」と題する書面によれば、昭和二六年九月二九日和田正雄が右建物を競落した後に、被告人が右建物を買戻すため数回に亘つて合計金七三、七〇〇円を和田正雄に交付した事実は窺知し得るけれども、右は本件犯行後の行為であつて、本件犯罪の成否に毫も消長を及ぼすことがない。その他原判決の事実認定を覆すに足る何等適切の証拠がない。されば原判決には所論のような事実の誤認がなく論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 雨村是夫 裁判官 中村義正)